昨年予定されていた「第5回 あさくら第九演奏会」は、その直前に起こった九州北部の豪雨災害による朝倉市と周辺地域への甚大な被害により、開催を断念せざるを得ないという事態になりました。
演奏会が予定されていた日、「あさくら歓喜を歌う会」を指導されている鞭みちこ先生の呼びかけによって、鞭先生のご自宅でもある鞭ホールで、鎮魂と復興への願いを込めたささやかな演奏会が行われることとなり、短時間ではありましたが私も顔を出させていただきました。
涙を流す方、下を向かれる方、ぐっと悲しみをこらえる方々の中で、しかしながら、その会場に居合わせた方々は無言のうちに、復興への決意を思い、その意志を共有されたのではないか、そのように私には感じられました。それもその日演奏された音楽の力ではないかと感じられました。鞭ホールをあとにし、福岡行きのバス停に向かう間も、何台も行き交う自衛隊の救援車両が、すぐそこにある事態の大きさを感じた一日でもありました。
そして一年、「あさくら歓喜を歌う会」は、息を吹き返しました。今度は、喜びの涙で、そして上を向いて、歌う喜びと音楽の素晴らしさを伝えることは、朝倉をより元気にしていくことでしょう。そして、もう一度歌いたい、という気持ちを、演奏会という形あるものにしようと決断された鞭みちこ先生、そして「あさくら歓喜を歌う会」の皆さんのご判断に心からの敬意を表したいと思います。この挨拶文を書いている5月半ばの現在、オーケストラとしてもその皆さんのお気持ちにしっかりと応えられるよう、私たちとしても頑張って準備を進めているところです。
音楽がなくても、人は生きていけるかも知れません。しかし、音楽がある生活は、ただ生きることから、よりよく生きる、ということに変えてくれる力を持っているようです。生の音、楽器の音、何よりも人の声というものには、人に力を与え元気にする何かがあるようです。今回の「あさくら第九演奏会」に関わられる全ての方々の思いやエネルギーを一つの大きなうねりのような力にすべく、私も指揮者として最善を尽くして参りたいと思います。
ニュースには上がらなくなったというだけで、実際には、未だに元の生活を取り戻せておらず、苦しんでおられる方々が多数いらっしゃることでしょう。そしてそれは、大地震のあった熊本においても同じでことしょう。私たちは浮かれてばかりいられません。今の自分に何ができるのか、そのことを考えながらステージに立ちたいと思います。
本日はようこそお出で下さいました。最後までごゆっくりお聴き下さい。
2018年6月17日
指揮者 橘直貴