楽団の公式カレンダーなどには掲載されないけれど、東京室内管弦楽団(以下、東室)として日々の演奏活動の中で最も大切に考えているものが音楽鑑賞教室公演です。小学校や中学校、時には高校生の皆さんを対象にそれぞれの学校に赴いて音楽を届けるというこの公演は、子供たち、若者にオーケストラと音楽の魅力をより深く知ってもらい、未来の音楽ファンになってもらうという意味では、地味だけれどもとても大切な事業であると私たち東室は考えています。

 
 ここ数年ほぼ一年おきに行なってきた東京音楽鑑賞協会による鑑賞音楽会は、一昨年の長野県・千曲市(旧更埴市地域)での公演に引き続き今年は長野県・安曇野市の小中学校を17校、6日間かけて回りました。総勢約7,400名の子供たちに東室の音楽をお届けしたことになります。
 
 
 行く先々での児童さん、生徒さんたちの弾けるような笑顔、そして元気な挨拶などからオーケストラのメンバー、僕自身も常に元気をもらい、楽しみながらスケジュールを進めることができました。
 公演プログラムの内容は、共演あり指揮者体験コーナーありの、いつもの東室ならではの工夫に富んだ、曲のジャンルもヴァラエティーに富んだもの。楽器紹介では、個々の奏者とその奏でる音に反応し、それぞれの楽器の形、演奏者の姿を食い入るように見つめ、時に目を丸くする子供たちの表情が印象的でした。
 
  
 オーケストラメンバーの皆さんは朝から午後まで一日3公演、各学校間の移動もある中で毎回響きの違う会場(体育館)、また訪れる先の学校の雰囲気や演奏に対する子供たちの反応もそれぞれ。会場の温度、湿度といったコンディションも含めて全ての状況が刻々と変化する中、プロとして自らのクオリティーを落とさず、そして決して手を抜かず一生懸命に子供たちを楽しませようと頑張って下さいました。
 そんな演奏者の思いや情熱は、音楽を通じて子供たちに伝わったのではないかと思います。
 
  
 演奏会が終わった後は、体育館を出て教室に戻る児童さん、生徒さんのお見送り。これは演奏者の方々も一緒に見送って下さいます。一人でも多くの子供たちと握手やハイタッチをしたり、手を振って言葉を交わす。その中で、演奏に何かを感じた子供たちは「よかった」「楽しかった」という言葉を素直に私たちに投げ掛けてくれます。そんなやり取りで心がほっこりして、やってよかったな、これは本当に大切なお仕事だなという実感を新たにするのです。
 
  
 一昨年、長野県・千曲市(旧更埴市地域)での鑑賞教室を担当しました、と書きましたが、僕は別の楽団とこの5月のとある時期、この地に再び赴き鑑賞音楽会をさせていただきました。
 ある日一つの小学校に着いた時に、児童さんが僕のところにそろりと寄ってきて「2年前に来てくれた時に聴いたロッシーニのウィリアムテルがよかった」と声を掛けてくれました。
 えっ、と僕は声を失いかけました。僕のことだけでなくあの時の曲目まで覚えていてくれたんだ。覚えていてくれたお礼を伝えてから「君は今、何年生?」と尋ねたところ、僕に声を掛けてきたその男子児童さんは5年生だと答えます。3年生の時に聴いた東室の演奏を覚えていてくれたことに心から感激した瞬間でした。
 
  
 今回のこの一連のお仕事に限らず、音楽鑑賞教室の時は、感受性の豊かな子供たちが音楽を聴いて感動してくれるのは当たり前、それを取り巻く先生方や保護者の皆さんが「素晴らしかった」と感じていただける演奏と内容のものを常にお届けしたいと僕は考えています。
 演奏する側の人たちは上手なのは当たり前、でもそれだけではなくて常にパフォーマーとして、子供たちや聴いて下さる方々に、音楽ってこんなに楽しいんだ、ということが伝わるアピールの力、演奏している時の表情や姿も含めての東室らしさをより追求していきたい、楽団の方々とはいつもそのような話をしています。その結果、また東室さんの音を聴きたい、次もお願いします、そういっていただけて僕たちの仕事はナンボのものだと思うのです。
 
  
 これからも東室ならではの上質な、そしてより楽しい音楽鑑賞教室をたくさん企画して、多くの子供たち、若者に音楽の楽しみとオーケストラの素晴らしさを知ってもらえるよう、知恵を絞って参りたいと思います。