ご挨拶

本日は「コンセール・エクラタン  福岡(以下、CEF)」福岡の第6回演奏会にようこそお越し下さいました。これまでも私がいろいろなところで度々書いたり喋ってきたことですが、私たちCEFは、楽団というよりは音楽家同志のネットワークという側面を持った集まりだと考えております。そこに何か面白い企画がある、いい音楽がやりたいとなった時にパッと人が集まる場所がある、そして集まれる人がいる。このことは、日本の他の土地ではまずあり得ないことではないかと感じています。どうやったら面白いか、ということをまず考える気質のようなものは、おそらく福岡をはじめとする九州の方々と接していて私が最も素晴らしいなと感じることの一つです。

とはいえ私たちは、組織としてはまだまだ脆弱であり、何よりも経済的な支えや基盤が殆どない中で、足りない知恵を絞りながらも日々どのようにしたら活動の幅が広がるのか、地元の方々に質が高く面白い、そして何より親しみやすい演奏会を提供できるのか、未来の音楽ファンとしての子供たちへの素晴らしい音楽体験を、子供たちと一緒になって味わい、これまでになかったような斬新な内容で楽しんで学んでもらえるだろうかと悩み考えています。”道は険しく、かつ長し”ではありますが。

本日の自主公演では、CEFとして初めて古典派の作品ばかりを並べました。各地の各楽団において、個人的趣味や音楽的欲求によりガット弦を張っている弦楽器奏者は多数いらっしゃるものの、それをオーケストラレヴェルでやろうというのは、古楽器によるオーケストラを除いてはほぼないことと考えます。ガット弦の魅力や詳しい内容については、当団コンサートマスターの廣末真也さんによるコラムの中での説明にお譲りするとして、そのガット弦の響きの美しさや素晴らしさが、より伝わるようなプログラムとなっております。そして、今回のこの試みは、CEFの今後の方向性を見通す大切な試金石となることと確信しております。

本日のコンチェルトでは、CEFとして2度目の共演となる藤田道久さんとの共演です。端正な中にも叙情性溢れる藤田さんの素晴らしい音楽性。そして飾らない人となりが、藤田さんのピアノの音色からも必ず滲み出ることと思います。どうぞお楽しみに。

最初に演奏致しますロッシーニの「ブルスキーノ氏」という作品は、オペラ・ファルサという1幕ものの軽妙な内容の、笑いを誘うようなオペラの序曲です。この軽妙洒脱な作品を、私たちとしてはなるべく当時の響きに近付けてお届けしたいと思います。

演奏会後半は、ベートーヴェンの交響曲第5番を演奏致します。「運命」という愛称で親しまれているこの作品は、ベートーヴェン自身がこの題名を付けたのではないことは有名なお話です。しかし、誰かが”運命が扉を叩く音”に似ているとして名付けた「運命」という愛称は、言い得て妙です。では何故この作品が時を超えて愛されるのか、その辺の謎やからくりを、本日お話しながら演奏会を進めていくことで、皆さまと一緒にこの作品の魅力に迫ってみたいと思います。

ベートーヴェンの交響曲第5番。これは、オーケストラ作品における名曲の一つとして、間違いなく世界で最も演奏されてきた交響作品であろうと思います。この世に生み出され、それぞれの時代の趣味や価値観の影響を受けながら愛好されてきた作品がある一方で、作曲家の死後、一旦その人の作品が世の中から忘れ去られ、ある時ある人物によって復活上演されそこで新たな価値を見出され、以後現代に至るまで私たちの耳を楽しませてくれる作品というものもあります。ベートーヴェンは、当時から現代まで、繰り返し上演されてきた作曲家であり、ひと昔前の演奏は、ベートーヴェンの崇高さや精神的な深さを享受しようという演奏者や聴衆の方々の思いにベートーヴェンという存在そのものが神格化され、その芸術を受け取る私たち、という構図ができました。

反対に、私たちが慣れ親しんでいるバッハやモーツァルトは、意外なことに一旦忘れられた作曲家であります。この違いは、実は結構重要なことでありまして、ベートーヴェンの作品はそれが書かれた時から現代に至るまで、演奏会のプログラムに定位置を占めてきました。つまり、ロマン派の時代にもそれは当時の価値観や演奏法を加味しながら継続的に演奏されてきたのです。全く驚くべきことですが、今を生きる私たちもロマン派の時代に形成されたベートーヴェン像なり、ベートーヴェン作品の演奏というものを、21世紀においても多かれ少なかれ、それをベートーヴェンとして受けとめています。

このことを私は肯定も否定もしませんが、一度付いてしまったイメージを覆すというのはなかなか大変なことです。私たちCEFでは、今回音楽史上指折りのこの傑作に触れるにあたって、それまでについてきた手垢を取り除いて、作品の書かれた時点での原点に立ち返るということをやりたいと考えております。歴史を現代から眺めるのではなく、より古い時代、つまり向こう側から眺めてみるということです。

最後になりますが、今回この素晴らしい西南学院大学のチャペルを使わせていただけることのお力添えいただきました同大学元教授の古屋靖二先生、またこれまで変わらぬご支援いただいております、有限会社  谷崎コンタクトレンズの取締役・谷崎公美さまに、この場をお借りしまして深く御礼申し上げます。それでは、最後までごゆっくりお楽しみ下さい。そして今後ともCEFの活動に関心をお寄せいただき、末永く応援いただけましたら幸いでございます。

2016年2月11日
指揮者  橘直貴