東京室内管弦楽団 秋の演奏会によせて

 
 皆さまは、倍音というものをご存知でしょうか?
 音は空気を震わせる振動の速さによってその高さが決まります。そして、ある基準音に対する2以上の整数倍の周波数を持つ音のことを倍音といいます。

 
 例えば、弦を張ってその真ん中を指で押さえると、その波長が半分となり周波数は倍になる、これが倍音です(2倍音)。
 この2倍音はオクターブとなります。基準の音が「ド」ならば2倍音は1オクターブ上の「ド」、3倍音ならばその上の「ソ」、4倍音は2オクターブ上の「ド」となるのです。このオクターブの振動の比2:1や「ド」と「ソ」の3:2などの割り切れる整数比は美しいものとされ、古代ギリシャの時代にピュタゴラス、プラトンらによって発見・体系化されました。彼らは、この数比の関係に世の中の調和「ハルモニア」の秘密があると考えたばかりでなく、宇宙全体に存在する調和の法則を解明するために音を用いたのです。こうした原則を学ぶ学問のことを「ムシカ」と呼びました。現代におけるミュージックの語源は正にここにあり、数学、天文学と共に音楽(学)はあくまでも学問の一つとして古代ギリシャ時代の人たちにとっての必須のものでした。
 
 
 音の重なりとぶつかりは倍音を生みます。そしてその倍音の響きは、人間の脳や身体の状態にとってよい働きをもたらします。これは、電子音には決して為し得ないことです。特に機械によるモーター音などの低周波の音は人間の耳や感覚を曇らせる、といわれています。また人間にとってよいといわれる高周波の音でも、CDでは2万ヘルツまでしか収録できないそうです。しかし生の演奏では、人間の耳には聴こえない周波数の音が多く鳴っているのです。そしてこれこそが倍音の力なのです。
 
 
 教会で聴く音楽では、そこに「神の声が聞こえる」という方がいらっしゃいます。同様に仏教でも、大きな建物で何人かが読経することで「あぁ神様仏様」と思えるような音が鳴り響くのは、倍音を伴う(特に高周波の)音が空間を満たすからです。倍音が人の心を動かし、時に感動させるのです。自然界には当たり前に有るこの音ですが、人工化された世界には倍音が足りていません。誤解を恐れずにいいますと、宗教に魅力を感じるというのは、倍音に身を浸すことへの欲求ともいえます。
 
 
 最近読んだ本ですが、人間の蘇生への原理原則では、必ず低い周波数から高いものに向かうそうです。音を響かせる時は必ず低い方から高い方へ持っていくベクトルが働くのだそうです。日々生活する中で陰口めいたものや非難、敵対心などに遭遇することはよくあることですが、これらは常に低い想念をフォーカスするので、どうしても人は蘇生とは真逆の方向に引っ張られます。
 
 
 日本人は元来、自分の内側にあるものと外で起こっているものは同じだと考えてきた文化があったのではないかと考えています。自然を大切にすることで自然と自分を一体化させようとする。しかし、外と内が違うと思っている人たちは、外から内側を洗脳しようとするのではないかと思います。
 
 
 例えば、催眠術にかかる人とそうでない人がいるのと同じで、受け手にその土壌があるかないかで決まるような気がするのです。悪い人が悪いことをするのは、どこかでそれを許してきた人々の想念の世界があるのではないでしょうか?ここを清らかな世界にしていくことで、悪いことができない世の中になるのではないかと思います。他人からの妨害を受けないくらいの強い力を持ち、私たちの想念を常によい方向に満たしておくために音楽があるのです。
 こう書きますと大袈裟に思われるかも知れませんが、人々が心の中に持っている無邪気な心を、東京室内管弦楽団による音楽の力によって少しでも増やしていくことができればと思うのです。
 
 
 相変わらず新型コロナウィルスの感染拡大が止まらない世の中ではありますが、感染を防ぐために三密を避ける、ステイホームや移動の自粛などさまざまなことがいわれ、かれこれ一年半が経ちました。この間、音楽会のみならず、さまざまなイベントが中止・延期され、真っ先に人々から娯楽が奪われ、東京室内管弦楽団も独自の活動が制限されてきました。私たちも他の音楽団体と同様にもがき、苦しむ中で自らの存在意義を問い直す日々でした。私たちの音楽は世の中にとって本当にどれだけ必要なのか?
 そのような中「求められる音楽を」というスローガンを掲げて活動している東京室内管弦楽団が人々を元気にする音、エネルギーを秘めた音楽を提供させていただくことは、正に私たちにとっての使命だと感じるに至りました。言葉で書きますと簡単に思えるかも知れませんが、ここに至るまでの道筋は本当に苦難の連続でした。
 
 
 この9月から11月に予定されている東京室内管弦楽団の各公演のご案内をさせていただきます。3ヶ月という期間の中で、多彩な演目で皆さまをお迎え致します。いずれも第一線で活躍する演奏家による生の演奏による素晴らしい響きとアンサンブルは、人々にとって活力の源となることでしょう。
 
 
 自らのパフォーマンスで人々に勇気と希望を与えたい、と、アスリートや芸能人の方々などがおっしゃるのを耳にしますが、私としてはこのような中で舞台に立てるだけでもありがたい。自分として何ができるか、このご時世、時間を割いて会場にいらしてくださった方々にどれだけの感動を差し上げることができるだろうか、ということを考えています。演奏会は私たち演ずる者が頑張ることはもちろんですが、今を生き抜く人々全員が、心の周波数を合わせていくことで生きる力を共に得ていく作業なのではないかなと思います。会場に居合わせる人たち全員が想念のチューニングして、共生していく力を育むのです。
 
 
 この混沌とした新型コロナウィルスの時代といえるものに対して、確固たる目標を定めて生きていくことは有意義なことです。そして、その中に私たち東京室内管弦楽団の音、オーケストラの音楽といったものが皆さまの生活の一部となっていければこれほど嬉しいことはありません。
 
 
 
 
2021年9月1日
東京室内管弦楽団プリンシパルコンダクター
橘直貴
 
 
 

※参考文献:大橋智夫著 奇跡の周波数「水琴」の秘密